雪のない冬、ゲリラ豪雨が引き起こす登山道の崩落や土砂崩れ、枯れてしまった水場。気候変動の影響を身近に感じることで、多くの人々が、「自分たちはいま、ポジティブな行動を迫られている」と感じているはずだ。こうした危機意識の高まりを受け、アパレル業界では現在、ペットボトルなどを原料にしたリサイクルポリエステルを製品に使うなど、環境に配慮した取り組みが進められている。とくに大自然のフィールドを活動の場とするアウトドア業界ではそうした動きが顕著で、他業種に先駆けた先進的な取り組みやものづくりを志すブランドも少なくない。2020年に東京の西部、秋川渓谷に近いエリアで誕生したアウトドアブランド「STATIC」もその一つ。ブランド立ち上げ当初からリサイクル素材に注目し、旭化成アドバンスが展開する新・高機能ファブリック「ECOSENSOR®︎(エコセンサー)を採用するなど、可能な限り環境に配慮したものづくりを行なっている。『PAPERSKY』編集長ルーカスB.B.が、「STATIC」の根底にある循環型ビジネスへの思いをレポートする。
台風19号の傷跡が、行動を後押しした
ブランドを立ち上げたのは、自身も大のアウトドア愛好家である田中健介さん。
「もともとクライミングや山歩きが好きで、よくアウトドアフィールドに出かけていました。だからでしょうか、ここ10年、あちこちで気候変動の影響を感じていました。そうしたとき、台風19号(令和元年東日本台風)が日本列島を直撃、記録的な大雨により僕がホームとしていた山の登山道が崩壊したんです。あらためて世界規模の気候変動を自分ごとに感じるようになったことが、行動を起こす直接的なきっかけとなりました」
大手アウトドアメーカーのUSA法人の立ち上げに関わったのち、アウトドアギアを扱う輸入代理店へ。大学院では難民問題を専攻、とくに人権の分野に興味を持っていたこともあり、社会問題解決に貢献するアウトドアビジネスを志すように。
アトリエを兼ねた自宅には、田中さんを魅了する自然の風景写真が飾られている。
アウトドアアクティビティに根差したライフスタイルとビジネスをどうにか一致させることはできないか。温暖化から自然環境を守るための取り組みに、なにかしら携わることはできないか。それまでは輸入業に携わっていたが、これまでの暮らしを省みて、自分たちがコントロールできる製造業のほうが環境に配慮したビジネスモデルを構築しやすいと考え、ブランドの立ち上げを決意したとか。
ブランド名のSTATICも、クライミング用語に由来する。次のホールドをじっくり、確実に取りにいくことを「スタティック(静的)ムーブ」というが、「新しいビジネスというと、勢いをつけて一気に、それこそダイナミック(動的)ムーブのように攻めたくなるところを、あえてスタティックに行こうと思って」(田中さん)。
世界中で探した、環境に配慮したテキスタイル
とはいえ、田中さんが製造業に携わるのは初めての経験で、右も左もわからない。初めに取りかかったのが、「ものづくりにおいて、どのプロセスが最も環境への負荷になるのか」「“責任あるものづくり”とはどういうことなのか」といった、理想とするメーカーのあるべき姿を探るリサーチだった。
「原材料の調達から製品寿命が尽きて廃棄されるまでという“ウエアの一生”のなかで、もっとも多くのCO2が排出されるプロセスはどこだと思います?実は、原材料の調達なんですよ。製品の一生におけるCO2排出量の50%を、この工程が占めています。ということは、そこのCO2排出量を削減すると環境負荷を大きく低減することになります。ナイロン糸を製造する際に排出されるナイロンワタごみをリサイクルしてナイロン糸・生地に再生した素材を使うことで、CO2排出を75%も削減できたというケースもあります。そこで、高い機能性を備えたリサイクル素材を探すことにしました」
国内ではお眼鏡にかなうリサイクルテキスタイルを見つけられず、海外のテキスタイル展示会のウェブサイトを探してヒットしたのが、なんと国産素材。旭化成アドバンスが展開していた「ECOSENSOR®︎」だった。さっそく担当者にコンタクトをとってみたところ、奇しくも「ECOSENSOR®︎」もスタートしたばかりのラインだったという。「環境へ配慮した、機能性の高い製品を提供する」という互いの思惑が一致したこともあり、サプライヤーとメーカーという関係性を越え、手を取り合って高いレベルのものづくりを行っていこうという共創関係を結ぶことになった。
ECOSENSOR®︎との共創から生まれた製品
STATICのラインナップには、こうした取り組みの成果が反映されている。たとえば、ベースレイヤーの代わりにもなる速乾機能Tシャツ「HIVE S/S SHIRTS」は、「ECOSENSOR®︎」のハイゲージ丸編素材を採用。超軽量の化繊メッシュ素材で仕立てられている。これはリサイクルポリエステル原料を用い編立てた素材で、メッシュ構造により軽さと通気性、速乾性をかなえたもの。アウトドアシーンでの使用に欠かせないしなやかさや高いストレッチ性も実現している。
「『環境にいい・悪い』というのは判断が難しいんです。たとえば、CO2の排出を可能な限り抑えて製造されたリサイクルテキスタイルを海外で見つけたとします。それを日本に輸入しようと思ったら、輸送時のCO2排出や包装資材といった別の問題が生じます。ものを作る以上、必ずどこかで環境へのダメージは生じますから、諦めではないけれど譲歩することも必要です。加えて、アウトドアアパレルの場合は機能性や耐久性も犠牲にできません。ですから、さまざまな視点からものごとを考え、総合的なベストを選択する。そのバランスが、ものづくりの難しさだと実感しています。『STATIC』の場合は、『完璧ではない』という認識をもちながら、可能な限り高いレベルを追求しています」
環境に配慮した素材から、循環する仕組みづくりへ
試行錯誤しながらブランドを続けるなかで、田中さんのなかでも変化があった。当初はリサイクル素材など、環境に配慮したテキスタイルの使用だけを追いかけていたが、実際にものを作り始めてみると、製品を循環させる取り組みも必要だと感じるようになった。
「ブランドを始めてびっくりしたのが、裁断ごみの多さ!いくら環境に配慮した素材を使っているといっても、これだけごみが出ていたら、環境配慮でもなんでもないよね……、そう思いました。これはなんとかしなくてはと思っていたところ、旭化成アドバンスのアップサイクルプログラムの存在を知ったんです。製造のプロセスで生じたポリエステルの裁断ごみを、焼却せずにワタに戻して再度紡績し、リサイクル糸に変えるというプログラムで、このプログラムから生まれたリサイクルポリエステルで、Tシャツを仕立てて販売してみたんです。日本では捨てる=焼却ですが、燃やすとCO2が生じます。ならば、ごみをださない、『捨てないアパレル』を目指そうと思って」
現在、「STATIC」では、使い終わった製品を回収してアップサイクルする「Bye Hello(バイ・ハロー)プロジェクト」を展開している。アップサイクルした製品は、山やフィールドでの思い出を“継ぐ”という思いを込め、「STATIC継(つぐ)」というライン名で販売する。リサイクルポリエステルの製品だけでなく、ウールのウェイストで仕立てたビーニーやアクセサリー、カット&ソーの裁断くずを蘇らせた布帛製品、裁断ごみをそのまま裂き織りにしたラグなど、アップサイクルのラインも少しずつ拡充中だ。田中さんが今後、製品化にこぎつけたいと考えているのは、高性能で環境に配慮した造りのレインウエア。
「PFC(パーフルオロカーボン:有機フッ素化合物)フリーの、リサイクルされた素材で仕立てられていて、製品寿命が尽きたあとにはリサイクルできるものがいい。この条件を叶える素材まだ実現されていないので、すぐに製品化できない歯痒さは感じますが、リサイクル素材はいままさに過渡期にあり、どんどん進化を遂げています。2026年にはローンチしたいと思って、デザインを先行して進めているところです」
さらに高いレベルでの環境性能と機能性の融合を目標に、「ECOSENSOR®︎」と「STATIC」の挑戦は続く。